実体のある事業、行き届いたウェブサイト、棚いっぱいのインタビュー。それでいて、独立した第三者に書かれたものがほとんどない。そんな創業者を思い浮かべてください。よくある形であり、扱いの難しい形です。
それでも記事を書いてしまい、記事そのものに語らせたくなるものです。しかし、それは通用しません。査読者は文章の先にある出典まで読みます。そしてインタビューと自社発の資料こそ、彼らが割り引いて見るものです。
この場合の私たちの助言は、待つこと。そして記録を積み上げることです。独立した批評を呼ぶ仕事、規制当局や歴史家が書き留める役割、報道が自らの判断で取り上げる成果。
華々しい公開に比べれば、遅く、もどかしい道です。しかし、長く残るのはこの道だけです。記事は特筆される存在になるための最後の一歩であって、決して最初の一歩ではありません。