2022年、英語版ウィキペディアは、選手たちが十年以上頼ってきた基準を書き改めました。Wikipedia:Notability (sports) は、これまでチェックリストのように機能していました。「完全にプロ化された」リーグで一試合に出場する、トップリーグの試合を一度主審として裁く、オリンピックに一度出場する——それだけで、新聞がその人物について一度も書いていなくても、特筆性があるとみなされていたのです。その推定は、もう存在しません。
このチェックリストが存在したのは、スポーツの統計が豊富で整然としているからです。データベースには、出場試合、交代の時刻まで、一つ残らず記録されています。編集者たちは、その統計の豊富さだけを頼りに、数万本の伝記記事を作り上げました。名前、所属クラブ、一行の経歴、そしてその人物について一文の説明も書いたことのない統計サイトへの出典——それだけです。多くの選手は、新聞の人物紹介や番組の特集、名前が挙がる試合評の一段落すら、一度も持ったことがありませんでした。
2022年の改定は、その欠落を塞ぎました。競技固有の基準——一試合の出場、一度の主審、一度のオリンピック出場——を満たすだけでは、もはや特筆性は推定されません。基準が変えるのは、立証の負担の置き場所だけです。編集者は、統計を記録しただけの出典ではなく、その人物について論じた出典を少なくとも一つ、依然として見つけなければなりません。
競技固有の基準は、有意な報道がおそらく存在し見つけられるという推定にすぎません。実際に見つけることの代わりにはなりません。
同じ経歴を二つの時代に通すと、結論は逆転します。プロリーグでの出場が一度だけの控えゴールキーパーが、統計データベースとクラブの名簿だけを出典としていても、2015年の削除依頼ではほとんど生き残りました。出場という事実だけで旧基準を満たし、それ以上踏み込む査読者はまずいなかったのです。同じ記事を今削除依頼に出せば、最初のコメントはたいてい本当の欠陥を指摘します——独立した出典がこの人物について一度も書いていない——そして議論は数日のうちに削除で終わります。時には異論なく即時削除として処理されることもあります。
クラブや連盟、あるいは選手本人が記事の存続を知りたいとき、統計データベースは問うべき問いに答えていません。残るのは、その選手の名前を挙げて何をしたかを描いた試合評であり、選手自身が書いたり依頼したりしていない人物紹介であり、地方紙や全国紙の特集記事です。トップリーグでの一度の出場は、記録に値する事実です。しかしそれ単独では、出典にはなりません。
この改定は、競技固有の基準そのものを廃止したわけではありません。それを、ほかのあらゆる主題に一般特筆性基準が昔から求めてきた水準に引き下げただけです。記事が存在する前に、独立した誰かが文章としてそれに気づいていたという証拠です。古い推定であれ新しい推定であれ、それを前もって決めることはできません。出典は、あるか、ないか、それだけです。