赤リンクをクリックしても、何も開きません。ウィキペディアは、まだ記事が存在しない見出しへのリンクを赤色で表示します。厳密に言えば行き先のないリンクですが、プロジェクトはこれを欠陥ではなく、便利な仕組みとして扱っています。青色はその記事が存在することを意味します。赤色は、どこかの編集者が、いつかその記事が存在するはずだと考えたことを意味します。
数週間ごとに、言い方を変えて同じような相談が届きます。「当社の社長は、業界団体の役員一覧ページからすでにリンクされています。赤リンクではありますが、それも何かの足しにはなりませんか」。答えは、一つのことしか意味しないというものです。そのページを書いた編集者が、いつか記事が作られるはずだと考えた、という事実です。独立した出典が、特筆性の基準が求める深さでその人物について書いている、という証拠にはなりません。
この点について編集者たちが引用する文書、WP:REDNOTは、はっきりとこう述べています。赤リンクは特筆性の証拠にはならない。取締役の一覧、スポーツチームの名簿、フィルモグラフィ、内閣改造の記事など、誰でも、その名前がいつか一般的特筆性の基準を満たせるかどうかを確かめずに、記事のない名前へのリンクを作ることができます。そのリンクが記録しているのは、書いた人の期待であって、出典が実際に行った仕事ではありません。
赤リンクが記録しているのは、編集者の期待であって、出典が行った仕事ではありません。
赤リンクには、プロジェクトの内部で確かに意味がありますが、多くの人が思っているような意味ではありません。WikiProject Red Link Recoveryや各種の「最も求められている記事」一覧は、すでにどれだけ多くのページからリンクされているかで見出しを順位づけします。内部的な需要が大きいことは、埋めるべき空白があるという目安になる、という考え方です。これはボランティアが午後の時間をどこに使うかを決めるための優先順位づけの道具です。その主題が実際に特筆性の基準を満たしているかどうかは、この一覧が答えてくれる問いではありません。四十本の赤リンクが入っていても独立した出典が一本もない見出しは、四十人の編集者の楽観を記録しているにすぎず、四十人分の調査結果を記録しているわけではありません。
リンクを青くしたからといって、問題が解決するわけでもありません。赤リンクに応えるためだけに書かれた記事——子会社や、役員の一人、小さな賞についての記事——が、一時間以内に即時削除の対象になったり、即時削除を免れても一か月後の削除依頼で結局削除されたりするのを、私たちは何度も見てきました。理由はいつも同じです。出典の状況は、誰かが最初の一文を書く前と何も変わっていなかったからです。リンクの色は変わります。その裏にある出典、あるいは出典の不在は、変わりません。
赤リンクを送られたときの誠実な答えは、それを安全に青くするために何が必要かを調べに行くことです。その人物について、ある程度の深さで書いた独立した出版物が二つか三つあるかどうか。その人物の所属団体自身が作成に関わった一覧の中の一言では足りません。そうした出典が実際にあれば、赤リンクの予測は正しかったことになります。なければ、赤リンクは今も、誰かがまだ示していない証拠を待ちながら、他人が書いた一文のままです。