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キャンペーンは合意ではない

公開日 2026年8月24日 · 1

ある地方の起業家の伝記記事は二年間、何ごともなく存在していましたが、通りすがりの編集者が削除を提案しました。理由は、掲載されている出典の大半がインタビューと、プロフィール記事を装ったプレスリリースだというものでした。依頼者はこれを自動通知で真っ先に知り、私たちに知らせる前に自ら動きました。削除依頼のリンクを非公開の同窓生グループに投稿し、「ページを失わないよう、存続に一票入れてきてほしい」と呼びかけたのです。

一日のうちに、削除依頼のページに八つのアカウントが現れました。どのアカウントも編集履歴はこの一件だけでした。どれも「存続、業界ではよく知られている」といった趣旨のコメントで、出典に触れたものは一つもありませんでした。

特定の見解を支持すると見込まれる利用者から意見を集めようとすることは、通常の合意形成の過程をゆがめるため、不適切とされています。
WP:CANVASS、大意

経験を積んだ編集者は、私たちがその削除依頼に気づくよりも先に、この状況の異様さを見抜いていました。アカウントの作成時期がそろっていること、言い回しがほとんど同じであること、出典に基づく議論が一つもないこと。その編集者は、それを議論の場ではっきりと指摘しました。ウィキペディアのキャンバッシングに関する方針のもとでは、こうして集められたコメントは、後に議論をクローズする人にとって何の重みも持ちません。しかもその経緯自体が記録として残ります。この記事が抱える問題は、もはや出典の質だけではなくなりました。キャンバッシングの一件までもが、記事につきまとうことになったのです。

支持者を動員する側が見誤っているのは、まさにこうした議論の仕組みです。議論は参加人数で決まるわけではありません。議論をクローズする人は、方針に根ざした論拠、とりわけ特筆性が求める深さの独立した信頼できる報道が存在するかどうかを重んじ、作られたばかりのアカウントや単一目的のアカウントには、その主張の内容にかかわらず、ほとんど、あるいはまったく重きを置きません。八件の熱意あるコメントがあっても、その報道が存在するかどうかという事実は何も変わらないのです。

実際に結果を動かしたのは、二日後に届いたものでした。依頼者側からの働きかけではありましたが、正しい経路を通じてのことです。私たちが投稿した、抑えたトーンの一つのコメントで、提案者が見落としていた地方業界紙の記事を二本、出典として全文つきで挙げたものでした。議論をクローズした人が決定の中で引用したのは、まさにこのコメントでした。記事は存続しました。先の一連のコメントは、同じクロージングコメントの中で言及されたうえで、同じ一文の中で退けられています。

ですから、依頼者のページが削除依頼にかけられたときに、私たちがお願いすることはただ一つです。私たちがまだ把握していない報道があれば教えてください、それを出典つきで一つのコメントとして提示させてください。支持者を送り込むことではありません。管理者を動かせるのは出典です。ウィキペディア自身の基準に照らせば、大勢の声が議論の中で得るのは、それが何であったかという記述だけなのです。

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各エピソードは編集部の執筆。AdrianとNoraの音声はAI生成です。