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中立とは、バランスを取ることではない

公開日 2026年7月30日 · 1

あるとき、広報責任者から赤字の入った草稿が送られてきました。製品の受賞に関する段落がひとつ、そして全国紙四紙が四半期近く報じ続けた行政処分に関する段落がひとつ。彼女のメモには、受賞についての段落をもう少し長くし、形容詞をいくつか加えて「ページが公平に見えるようにしてほしい」とありました。理解できる感覚ではありますが、そこには中立性についての誤解がありました。

Wikipediaの中立的な観点は、しばしば、二つの物事を同じ重さで測れという指示だと読まれがちです。まるで公平さが、両方の皿が釣り合った天秤であるかのように。しかし実際の規則は、有意な比重と呼ばれることもありますが、もっと精密なことを求めています。記事は、対象がどれほどの扱いを望むかではなく、信頼できる独立した情報源がその事実や見解にどれだけの注意を払ったか、その比率に応じて記述すべきだというものです。

記事は、少数意見や周辺的な学説に、広く支持されている見解と同程度の分量や詳しさを与えるべきではない。一般に、ごく少数の立場は、そもそも記載すべきではない。
WP:DUE、大意

四紙が継続的に行政処分を報じ、業界誌一誌が受賞について一段落を割いたにすぎないなら、両者に同じ分量を与える記事は中立とは言えません。それは二重にゆがんでいます。まず、実際の報道にすでに存在していた不均衡そのものによって。そして、それを手作業で是正しようとする編集によって、もう一度。この方針は、多くの人の直感とは逆の方向を向いています。書き手に求められているのは、情報源の比率に従うことであり、それを対称になるよう裁定し直すことではありません。

同じ規則は、もうひとつの、より馴染み深い誤りにも当てはまります。少数の科学的見解、孤立した異論、熱心な支持者がひとりいるだけの周辺的な学説。これらを、十分に裏づけられた通説と同じ扱いにすることは、方向は逆であっても同じ誤りです。実態が支えていない均衡を、人為的に作り出しているにすぎません。Wikipediaにおける中立性とは、決して差を二等分することではありません。実際に存在するものを読み取り、その形を正直に伝えることです。

この規則は、私たちが助言する依頼者に対しても、両方向に働きます。依頼者は、よく裏づけられた否定的な報道を相殺するために、些細な好意的な話題を膨らませてほしいと私たちに求めることはできません。そして、正当な不満を抱える依頼者であっても、よく裏づけられた批判をプレスリリース程度にまで削ってほしいと求めることもできません。比率を定めるのは独立した記録であって、各当事者がどれだけの扱いに値すると考えるかではありません。誰かからバランスを求められたときに返すべき問いは、どれだけの分量なら公平に見えるかではありません。情報源を正直に、そして全体として読んだとき、そこにすでに何が示されているか、です。

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各エピソードは編集部の執筆。AdrianとNoraの音声はAI生成です。