同じ地域で同じ顧客層を奪い合う二つの保険代理店があり、そのうち一方だけがウィキペディアに記事を持っています。記事を持たない側は、案件を一つ落とした翌週にはその記事を見つけ出し、インフォボックス、出典一覧、カテゴリのスクリーンショットを集めたフォルダを作って、たった一つの問いとともに送ってきました。なぜ競合には記事があって、うちにはないのか。
ウィキペディアの編集者たちは、そのフォルダを開く前からすでに名前をつけています。WP:OTHERSTUFFEXISTS、まさにこの手口のために書かれたエッセイです。英語版だけで数百万の記事があり、そのほとんどは今日の出典基準に照らして見直されたことがありません。手つかずのまま残っている記事が証明しているのは、まだ誰もその記事について削除の審議を開いていないという事実だけであり、その記事を支える出典の中身については何も語りません。
この比較は、フォルダを作った側が思うよりずっと頻繁に両刃の剣になります。逆方向にリンクをたどったレビュアーが、資金調達の発表と企業サイトから写した経営陣の略歴だけで支えられた記事を見つけてタグを付けると、一つ目の審議が終わるのと同じ週に、二つ目の審議が始まることもあります。弱い記事を前例として引用することは、一つを救うどころか二つを失うことにもなりかねません。
このエッセイは、ひとつだけ狭い扉を残しています。基準の文言の解釈が本当に割れているとき、すでに独自の審議を乗り越えた、出典のしっかりした複数の記事が似た事案をどう扱ってきたかを見て、審議を締めくくる編集者がそのパターンをコミュニティの解釈の手がかりとして読むことはあります。誰にも検証されていない一つの記事だけでは、そのパターンは成立しません。それぞれの審議を乗り越えた十数本の記事があれば、話は別かもしれません。
他に似たページが存在するという事実だけでは、削除の審議において通常、説得力のある論拠にはならない。
そのフォルダが私たちの手元に届いたとき、最初に開くのは自分たちの草稿より先に、競合の出典一覧です。レビュアーが読むのと同じように――媒体の数を数え、プレスリリースの書き直し以外に書く理由があった媒体はどれかを見極め、日付を企業自身の資金調達や製品発表と突き合わせます。
フォルダの中に本物の根拠が見つかることもあります。ウィキペディアの記事があってもなくても、その企業について書いていたはずの媒体が三つか四つ。そのときの比較は、証拠としてではなく、問い合わせてきた企業にも似た報道がどこかにあるかもしれないという地図として役に立ちます。しかし多くの場合、フォルダの中にあるのは、私たちがゼロから積み上げるしかなかったはずの、同じように脆弱な記録そのものです。それが最初の問いに、どんな方針の引用よりも正直に答えてくれます。隣にあったその記事は、一度も証拠だったことなどなかったのです。まだ誰も確かめていなかった、ただの一つの主題だったのです。